のんびりとつづりたいと思います。
ホーチミン2日目その1
2011年08月25日 (木) | 編集 |
平成23年8月17日水曜日から8月21日日曜日(帰路は機内泊)
ホーチミン旅行の記録です

その時、見たこと聞いたこと感じたことを記録しています
聞き間違い等で間違え等があると思います。
私の旅の思い出としてご了承願います

ハイブリッドGPSのカメラの時間設定を
現地にあわせていなかったため画像の時刻は
すべて日本時間です。現地時間はマイナス2時間です


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※コメントは最終日まで閉じさせていただきます。ごめんなさい
平成23年8月18日(木)35度 晴天なり

ホーチミン旅行2日目の日程です
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部屋の窓からサイゴン川
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ホテルでバイキング方式の朝食
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各テーブルには歓迎の意味もあるというイネが置いてありました
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思わず猫草を連想しニャんズ好きそうだなぁと思ってしまいます

朝食の時、帽子を落としてしまい
探しても結局みつからないので
集合時間の9時までに
帽子を購入することにしました
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そして帽子をGET
現地時間で午前8時。
ベトナムの朝が早いことに感謝感謝

午前9時ホテルを出発
目的地はクチトンネルです

ハノイに比べるとホーチミンの方が都会

思わず電線をみつけてしまう私
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クチまで約1時間半の道のり
車窓から見えたハンモック喫茶店
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車窓から普通の民家の門柱の上に日本でいう
シーサーやコマイヌのように
犬の置きものが左右対称にあって
ハンさんに聞くと犬を飼ってますという印で
泥棒よけの意味もあるとこことでしたクチでは
国営のゴムの木畑を多くみかけました
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クチトンネル観光所に到着
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トンネルの入口をくぐって
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まずは、各言葉ごとに分かれて小屋みたいなとこで
クチトンネルに関するビデオ観賞

地下トンネルの模型が展示されていました
ベトナムは、土地土地の土壌の特徴があって
クチという土地はとっても硬い土地だそうです
全長約250キロメートル
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トンネルへの秘密の入口を体験することができます
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挟まったらいやだなぁと思い私は遠慮して
体験してる方を撮影しました
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落とし穴や色々な仕掛けも展示されていました
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そんななか
なぜかライスペーパーを作っている展示場が・・
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ビデオで紹介されていましたが
当時は食べないと戦ができないと
ライフルを背負って畑仕事や田植えもしてたそうです

少し歩いて
地下トンネル体験。
ハンさんに短い距離を希望して
地下4メートルの長さは20メートルのところを体験しました
巾は80センチぐらいで狭くて腰をかがめて歩きます
先頭の止まると正直かなり辛いです
こんな中を当時は武器をもって歩いてたんだなぁ・・
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トンネルを出た後は
ゲリラの主食だったというタロイモを
ピーナツ潰して砂糖をまぜたものにつけて食べました
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お芋はサツマイモのようにな甘みはなく素朴な味で美味しかったです
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その当時の服装の展示
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足元はタイヤをリサイクルして作られたサンダル

アメリカ軍がおとした爆弾からこのトンネル内で
再利用するために作られた爆弾の展示
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今はとても緑豊かで素敵な場所ですが
大きな爆弾の跡がまだ残っていました

ここで忌まわしいことがあったんだなぁと思いつつ・・
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戦争を経験した亡父のことを思い出していました
辛い思いをした時、人は大きく2つにわかれると思うんです
そのことを二度と起こさない為に辛い体験を人々に伝える人
もう思い出したくないと黙ってしまう人
私の父は後者の人でした
原爆でたくさんの友を失ったらしく戦争の話は
あまり話してくれませんでした
そのことを責めているのではなくこの年になって
当時のことが色々解ってきて父の気持ちも解るようになりました
8月は特別な月、戦争は本当に嫌だなぁと思いました
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クチトンネルの次はホーチミン市内に戻り
次回は昼食の「バイン・ミー」から紹介したいと思います
テーマ:海外旅行記
ジャンル:旅行